「繊維はもう斜陽産業だ」「やめておいたほうがいい」。繊維業への転職や就職を考えるとき、こうした声を一度は目にしたことがあるかもしれません。賃金への不安や、繁忙期の残業、技術継承が進まない現場への懸念は、決して軽く扱ってよいものではありません。こうした不安を感じる気持ちは、自然なものです。
ただ、ひとくちに「繊維業」といっても、その中身は一様ではありません。衣料用の生地を量産する現場もあれば、自動車のシートや家具の張り地、カーテンといった産業用・インテリア向けの繊維をつくる現場もあります。製品が違えば、求められる技能も、職場の雰囲気も大きく変わります。だからこそ、ひとくくりの評判だけで判断するのではなく、自分に合う分野や企業かどうかを一つひとつ確かめていく姿勢が大切になります。
愛知県江南市は、毛織物の世界的な産地として知られる「尾州(びしゅう)」産地の一角に位置しています。なかでも高級カーテン地は全国でも屈指のシェアを持ち、「インテリア織物のまち」として知られてきました。この記事では、江南市の繊維業の特徴や働く魅力、向いている人、未経験から転職・就職する際の確認ポイントまでを、求職者の視点でお伝えします。
江南市の繊維業の特徴
江南市の繊維業を理解するには、まずこの街がどんな産地の一部なのかを知るのが近道です。産地としての成り立ちや製品の独自性、事業所の集まり方、産業の広がりといった面から見ていきます。
世界有数の毛織物産地「尾州」の一角
江南市は、愛知県北西部から岐阜県南部にかけて広がる毛織物産地「尾州」の一角を担ってきました。尾州はイタリアのビエラなどと並び、世界有数の毛織物産地として知られています。
この産地の特徴は、紡績から撚糸(ねんし)、染色、製織、整理(仕上げ加工)まで、生地ができあがるまでの各工程を、それぞれ専門の企業が分担する分業体制にあります。一社で一貫して手がける企業もありますが、多くは工程ごとの専業メーカーが連携することで、一本の糸から一枚の生地へと仕上げていく流れを地域全体で支えてきました。江南市は、そのものづくりの連鎖の中に組み込まれています。
インテリア織物に特化した独自性
江南市の繊維業を語るうえで欠かせないのが、インテリア織物への強みです。高級ドレープカーテンの地となる織物や、複雑な紋様を織り込むジャカード織物、椅子の張り地、自動車のシートに使われるカーシート生地など、住まいや乗り物の中で人が触れる生地を数多く手がけてきました。
衣料用の生地と異なり、インテリア織物には耐久性や難燃性、独特の風合いといった機能や質感が求められます。こうした分野は、江南市の繊維業が長く積み重ねてきた技術が生きる領域です。とりわけ高級カーテン地は全国でも屈指のシェアを持ち、市の特産品としても知られてきました。同じ繊維業でも、衣料とは違う土俵で価値を生み出しているのが、この街の繊維業の持ち味です。
工程別の専業メーカーが集積
江南市内には、撚糸・織物・編物といった工程ごとの専業メーカーが、宮田町・飛保(ひぼ)・河野町などの地域に分かれて立地しています。糸に撚りをかける撚糸業、生地を織り上げる織物業、編んで生地をつくる編物業と、それぞれの工程を担う中小のメーカーが集まることで、産地としての厚みが生まれています。
一社で複数の工程を一貫して手がける企業もあれば、特定の工程に特化して専門性を磨いてきた企業もあります。求職者にとっては、どの工程・どの専門性に関わりたいかという観点で職場を選びやすいことが、産地ならではの利点といえます。
衣料用の縮小と、産業用・高機能繊維の広がり
繊維業に「斜陽」というイメージがつきまとうのは、主に衣料用の国内生産が長く縮小してきた経緯があるためです。この事実そのものを否定する必要はありません。一方で、繊維という素材は衣料だけにとどまりません。
自動車のシートや内装材、家具の張り地、フィルターや産業資材、機能性を持たせた高機能繊維など、産業用やインテリア向けの繊維には新たな広がりが見られます。江南市が強みとするインテリア織物も、その流れの中にあります。「繊維=衣料の斜陽産業」という一面的なイメージは、製品分野の広がりを知ることで、見え方が変わってくる部分があります。
江南市の繊維業で働く魅力
江南市の繊維業には、衣料中心の産地や大都市のメーカーとは異なる魅力があります。求職者の視点から、ここで働くことの魅力を見ていきます。
世界有数の産地で技能を磨ける
江南市は世界でも有数の毛織物産地「尾州」の一角にあります。撚糸や製織、整理といった工程の技能は一朝一夕には身につかない分、習得すれば長く生かせる一生ものの財産になります。産地の中で経験を積めることは、ものづくりに腰を据えたい方にとって大きな意味を持ちます。
インテリア織物という独自分野に関われる
カーテン地や椅子張り地、カーシート生地など、江南市が強みとするインテリア織物に携われる点は、この街ならではの魅力です。企画やテキスタイルデザインといった、生地を生み出す側に関わる余地もあり、量産だけにとどまらないものづくりの幅を感じられます。
名古屋・一宮への通勤利便と地元定着
江南市は名古屋市から約20kmの距離にあり、繊維産地として知られる一宮市にも隣接しています。かつて紡績の町として栄えた歴史を持ち、子育て支援も整ったベッドタウンとして、地元に根ざして長く暮らしながら働きやすい環境がそろっています。
企業規模の幅が広く、働き方を選びやすい
江南市の繊維業には、大手繊維グループから分社して100名を超える従業員を抱える拠点もあれば、家族数人で一つの工程を究める工場もあります。組織の中で分業しながら働きたい方にも、少人数で技能を深めたい方にも選択肢があるのが、産地ならではの厚みです。
江南市の繊維業に向いている人
繊維業の現場には、決して楽ではない側面もあります。そのきつさも含めて理解したうえで、こうした環境で力を発揮しやすいのはどんな人かを見ていきます。
一つの技能をじっくり深めたい人
繊維業の現場は、接客のように人と向き合うストレスが比較的少なく、自分の技能と向き合う時間が中心になります。撚糸や製織の技術を一歩ずつ磨いていく仕事に価値を感じられる方、ひとつの道を長く深めたい方に向いています。
ものづくりにコツコツ取り組める人
生地を織り上げる工程は、同じ作業の繰り返しや細やかな確認の積み重ねで成り立っています。地味に見える作業の先に一枚の生地ができあがる過程に、面白さややりがいを見いだせる方は、日々の業務に前向きに取り組みやすい環境です。
手作業や機械の扱いが苦にならない人
織機の操作や糸の取り扱いには、細かな手作業や機械への目配りが伴います。糸切れへの対応や調整など、手先を使う作業や機械の状態を気にかける仕事が苦にならない方は、現場になじみやすい傾向があります。
産地のものづくりに誇りを持てる人
尾州は世界に知られた産地でありながら、その認知度はまだ高いとはいえません。だからこそ、産地を支える一員として働くことや、若い世代が産地をPRしていく動きに共感できる方は、仕事の意味を感じながら長く続けやすいでしょう。
江南市の主な繊維企業
ここからは、江南市に拠点を置く繊維関連企業を紹介します。糸をつくる工程から生地を織り上げる工程、産業用の繊維素材まで、産地の分業の幅が伝わるように選びました。
| 企業名 |
つくっているもの |
| 株式会社シキボウ江南 |
織物の製造・加工、加工糸の製造、各種繊維製品の研究・開発 |
| 長谷川繊維株式会社 |
毛糸、産業用資材用糸、婦人衣料用糸、インテリア用糸の生産・販売 |
| 泉撚糸工場 |
受託撚糸加工(ファンシーヤーン、双糸加工~多本撚り、綛揚げ) |
| 中部工業株式会社 |
各種硝子繊維製品・工業用繊維製品の製造加工・販売 |
株式会社シキボウ江南|愛知県江南市前飛保町の繊維素材メーカー
はじまりは1957年、敷島紡績株式会社の江南工場として起工されたことでした。翌1958年に紡績工場が竣工し、1967年に織布工場、1969年に加工工場が稼働を始めました。1989年には連続シルケット工場も加わり、糸から生地、仕上げ加工までの設備を江南の地に積み上げていきます。そして2002年4月1日、株式会社シキボウ江南として分社・設立されました。資本金は1億円、従業員は167名(男性129名・女性38名、2024年4月現在)です。
事業は織物の製造・加工、加工糸の製造、各種繊維製品の研究・開発。シキボウの採用サイトでは、糸から布を織る織布部、布に色や抗菌・消臭といった機能を加える加工部、新しい機能を研究する開発部という部門構成が紹介されています。これらの部門でアパレルやユニフォームに使われる繊維素材を手がけており、同社が日本で唯一の技術として挙げるのが「連続シルケット加工糸」です。織る・染める・機能を付ける・研究するという工程が一つの拠点にそろっているため、どの工程に関わりたいかで職場の選び方を考えられます。
本社所在地: 愛知県江南市前飛保町栄378番地
主な事業: 織物の製造・加工、加工糸の製造、各種繊維製品の研究・開発
公式URL: https://www.shikibokonan.co.jp/
長谷川繊維株式会社|愛知県江南市鹿子島町の毛糸メーカー
1966年の創業を起点に、1967年4月に長谷川繊維合資会社として設立されました。1982年には有限会社長谷川テキスタイルを設立し、2001年4月に株式会社へ改組、2002年に同社を合併しています。2009年にオンラインショップ「あみもねっと毛糸ショップ」を出店し、2010年に本社を現在地へ移転しました。資本金1,800万円、従業員21名で、代表取締役社長は長谷川一英氏です。
つくっているのは毛糸、産業用資材用糸、婦人衣料用糸、インテリア用糸です。生産から販売、ネットショップの運営までを自社で担っています。代表者挨拶では、アパレル企業向けの毛糸メーカーとして独自の開発力・技術力を掲げ、意匠糸「ファンシーヤーン」に代表される個性的で表情豊かな毛糸をつくり続けてきたと述べています。糸そのものを企画し開発する側に立てるのが、この規模の毛糸メーカーならではの関わり方です。
本社所在地: 愛知県江南市鹿子島町生島30番地
主な事業: 毛糸・産業用資材用糸・婦人衣料用糸・インテリア用糸の生産・販売、ネットショップの運営
公式URL: https://hasegawa-seni.com/
泉撚糸工場|愛知県江南市松竹町の受託撚糸加工業
創業は昭和33年(1958年)4月。代表者は泉吉彦氏で、公式サイトでは「家族6人で撚糸製造を営んでいます」と紹介されています。創業当初から糸に対するこだわりを持ち続け、試行錯誤を重ねて技術を磨いてきたと述べています。家族だからこそ日常の中からアイディアや工夫が生まれることもある、という働き方を掲げています。
事業は被服用・産業資材用の受託撚糸加工一筋です。ループ・リング・ブークレ・ノット・カールといったファンシーヤーンを受託製造するほか、双糸加工から多本撚り(60本撚りの実績あり)まで手がけています。甘撚りから強撚まで幅広く対応し、カバーリングや綛揚げは協力工場と連携して請け負っています。撚糸は素材・太さ・撚数・本数の組み合わせが無限にあり、それを実現するには専用の機械とそれを操る知識・技術が欠かせない——同社はそう説明しています。少人数で一つの工程を究める現場の姿が、産地の分業体制をよく表しています。
本社所在地: 愛知県江南市松竹町東瀬古154
主な事業: 受託撚糸加工(被服・産業資材)
公式URL: https://izumi-nenshi.jp/
中部工業株式会社|愛知県江南市村久野町のガラス繊維製品メーカー
設立は昭和33年(1958年)5月26日。当初は一宮市内に本社を置き、江南工場で硝子繊維製品の紡績・織布の製造販売を開始しました(当時の資本金240万円)。昭和35年に硝子繊維フェルト(SWM)の製造機を設備、昭和39年に江南市村久野町へ江南第二工場を建設し、昭和43年に山梨工場、昭和45年に韮崎工場を開設。平成2年に資本金1,920万円へ増資し、平成10年4月に本社を江南市へ移しました。平成18年にISO9001:2000を取得、令和4年5月には韮崎工場へ大型フェルト製造機を増設しています。代表取締役社長は一瀬敬央氏です。
主力は硝子長繊維を針刺加工したガラス繊維ニードルマット「SWM」で、断熱材・吸音材として家電製品や住宅建材、自動車部品などに使われています。このほか保温カバー「ECO JACKET」も手がけ、硝子繊維以外の素材にも取り組んでいます。衣料用ではなく産業用の繊維を扱う現場で、本社工場(江南市)と韮崎工場(山梨県韮崎市)の二拠点体制です。
本社所在地: 愛知県江南市村久野町藤里151番地
主な事業: 各種硝子繊維製品の製造加工・販売、工業用繊維製品の製造加工・販売
公式URL: https://www.chubuindustry.co.jp/
江南市の繊維業における主な職種
繊維業と聞くと織機の前に立つ作業を思い浮かべがちですが、産地を支える職種は幅広く、キャリアの選択肢も一つではありません。代表的な職種を見ていきます。
製織・織機オペレーター
織機を操作し、糸を生地へと織り上げていく中心的な役割です。経(たて)糸・緯(よこ)糸の準備や、織機の調整、糸切れへの対応、織り上がりの確認などを担います。決められた段取りに沿って正確に進める力が求められ、経験を積むことで、複雑な紋様を織るジャカード織機を任されたり、後進の指導にあたったりする道もあります。
撚糸・染色・整理(加工)
撚糸は糸に撚りをかけて強度や風合いを整える工程、染色は糸や生地に色を与える工程、整理は織り上がった生地を仕上げる工程です。いずれも生地の品質を左右する重要な役割で、温度や薬剤、機械の状態を細やかに管理する技能が求められます。一つの工程を専門に究めていける専業メーカーが、江南市には多く存在します。
テキスタイル企画・デザイン
どのような糸を使い、どんな織り方や色柄で生地を仕上げるかを考える職種です。インテリア織物に強みを持つ江南市では、カーテン地や張り地のテキスタイルデザインに関わる場面もあります。素材や色、紋様への関心を、企画という形で生かせる、ものづくりの上流に携わる仕事です。
生産管理・品質管理
生産計画の立案や納期の調整、各工程の進み具合の管理、織り上がった生地の品質検査などを担う職種です。分業体制の産地では、工程間の連携を調整する役割も重要になります。職人的な技能だけでなく、こうした管理の仕事を通じて繊維業に関わる道もあり、これまでの社会人経験を生かしやすい領域です。
このように、江南市の繊維業には職人技能から企画・管理まで広がるキャリアの幅があります。入口がどの工程であっても、関心や適性に応じて進む道を選んでいけます。
未経験・異業種から江南市の繊維業に転職する場合
繊維業の現場は、未経験者やキャリアチェンジを考える人にとっても入口のある業種です。織機の操作や糸の取り扱いは入社後のOJTや研修で覚えていくケースが一般的で、特定の資格を前提としない求人も見られます。応募前に、いくつかのポイントを確かめておくと、入社後のギャップを減らしやすくなります。
教育・技能習得の体制を確認する
繊維の技能は一朝一夕には身につかないため、入社後にどのように教えてもらえるかは大きな安心材料になります。先輩がついて教えてくれるのか、どの程度の期間をかけて技能を習得していくのかなど、教育の進め方を選考の段階で確認しておくとよいでしょう。
勤務体制を確認する
繊維業は受注の状況によって繁忙期と閑散期の波があり、時期によって忙しさが変わる場合があります。また、設備を止めずに稼働させるために夜勤や交替制を採る職場もあります。繁忙期の働き方や夜勤の有無は生活リズムに直結するため、事前に確認しておくことが大切です。
向き不向きを確認する
製織や撚糸の現場には、同じ作業の繰り返しや、糸を扱う細かな手作業が伴います。単調に感じられる作業や、細やかな手仕事への適性は、長く続けられるかどうかを左右します。自分がそうした作業に向き合えそうかを、見学や面接の機会に確かめておくと安心です。
新卒や未経験で志望動機を考える際は、ものづくりへの関心や、尾州産地・その企業の取り組みを調べたうえでの共感を軸にすると、誠実な言葉になりやすいでしょう。なぜ繊維業に関心を持ったのか、なぜその企業なのかを丁寧に言葉にすることが、選考での説得力につながります。
尾州産地の一角でインテリア織物を支える江南市の繊維業
江南市は、世界有数の毛織物産地「尾州」の一角として、紡績から撚糸・染色・製織・整理に至る分業体制の中でものづくりを支えてきました。とりわけカーテン地や椅子張り地、カーシート生地といったインテリア織物に強みを持ち、これらは市の特産品としても知られています。
「繊維はやめとけ」という声があるのも事実ですが、その多くは衣料用の縮小を背景としたものです。繊維という素材は産業用やインテリア向けに広がりを見せており、製品分野や企業によって見え方は大きく変わります。製織や撚糸といった職人技能から、テキスタイル企画、生産管理まで職種の幅も広く、未経験から入って技能を重ねながらキャリアを築いていく道もあります。
江南市の繊維業を検討する際は、教育体制や勤務体制、作業の向き不向きといった具体的な点に目を向けてみてください。名古屋・一宮への通勤利便と地元での暮らしを両立しながら、世界に誇る産地のものづくりに長く携わりたい方にとって、江南市の繊維業は十分に検討する価値のある選択肢です。