愛知県豊山町(とよやまちょう)と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「県営名古屋空港がある町」というイメージかもしれません。しかし豊山町は、それ以上に日本の航空機産業を語るうえで欠かせない場所です。町内には三菱重工業の航空機工場があり、防衛航空機の機体組立や飛行試験がこの町で行われています。人口約16,000人、愛知県内でも面積が最小クラスの小さな自治体でありながら、日本の空を支える技術がこの町に集積しているのです。
「製造業」と聞くと、地味で体力的にきつい仕事というイメージを持つ人は少なくありません。一方で「空港のそばで航空機部品をつくる仕事」と言われると、どこか特別で自分には縁遠い世界のように感じる人もいるでしょう。実際にはこの二つのイメージの間に、リアルな仕事の実態があります。
この記事では、豊山町にどうして航空機産業が集まっているのかを解説します。さらに、実際にどんな職種があるのか、未経験からでも目指せるのかといった疑問にも、順を追って答えていきます。三菱スペースジェット開発中止後の業界の「今」、空港近くで働く・暮らすことへの不安、そして気になる給与の実態についても触れていきます。豊山町での転職・就職を考えている人は、ぜひ参考にしてください。
なぜ豊山町に航空機部品づくりの拠点が集まっているのか
県営名古屋空港と三菱重工業 小牧南工場という象徴
豊山町の南部(大字豊場)には、県営名古屋空港と、三菱重工業 名古屋航空宇宙システム製作所 小牧南工場が並んで立地しています。小牧南工場は防衛航空機の機体構造組立・最終組立・飛行試験を担う拠点で、完成した機体がすぐそばの空港から飛び立っていく光景を、日常的に見ることができる場所です。
工場と空港が隣接しているという地理的な条件は、開発から試験飛行までを一体で行える環境をつくり出しています。この立地自体が、豊山町に航空機産業が根を張ってきた最大の理由といえるでしょう。
愛知・中部地域が「国内最大の航空宇宙産業クラスター」と呼ばれる理由
豊山町一つの町だけで航空機産業が成り立っているわけではありません。愛知・中部地域は、日本の航空機部品生産額の約5割、機体部品の約8割を占める、国内最大の航空宇宙産業の集積地です。愛知県は「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の指定を受けており、豊山町はそのクラスターの中核に位置する町のひとつです。
豊山町の周辺には、機体・部品の設計から加工、表面処理、試験まで、さまざまな工程を担う企業が広がっています。愛知県全体でどんな航空宇宙メーカーがあるのか気になる人は、愛知県の航空宇宙メーカー一覧|三菱重工だけじゃない主要10社【現場系は未経験可】もあわせて参考にしてみてください。
豊山町で働く航空機部品づくりの仕事とは(主な職種)
機械加工
航空機部品に使われる素材を、図面通りの精度で削り出す工程です。金属加工の基礎技術を土台に、航空機特有の高い精度基準を学びながら経験を積んでいけます。
部品組立
加工された部品を機体構造として組み上げていく工程です。三菱重工業 小牧南工場では、機体構造組立から最終組立までを一体で担っており、ものづくりの一連の流れに関わることができます。
品質管理・検査
航空機は国際規格に基づく厳しい品質基準が求められる製品です。一つひとつの部品や工程を確認し、不具合を見逃さない検査・品質管理の仕事は、航空機づくりの安全性を根本から支える役割です。
飛行試験・研究開発支援
県営名古屋空港に隣接する愛知県飛行研究センターやJAXA名古屋空港飛行研究拠点では、飛行試験や研究開発を支える業務が行われています。ものづくりの先にある「実際に飛ばす」現場に関わることができる仕事です。
「航空機部品をつくる仕事」と「空港で働く仕事」はどう違うのか
「空港のそばで働く」と聞くと、グランドハンドリングのように飛行機の誘導や貨物・荷物の取り扱いを行う仕事を想像する人もいるでしょう。しかしこうした業務は、空港を運航する会社側の仕事であり、この記事で紹介している製造業とは職種としてまったく異なります。
豊山町の製造業が担っているのは、飛行機が飛ぶための「モノ」をつくる仕事です。機械加工や組立、検査といった工程に携わりながら、完成した機体が目の前の空港から飛び立つのを見届けられます。それが空港のそばで航空機部品をつくる仕事の、他にはない特徴です。
転換期にある航空機産業――防衛・宇宙シフトの「今」を知る
三菱スペースジェット(MRJ)開発中止から見えてきたこと
豊山町は、国産初のジェット旅客機として開発が進められた「三菱スペースジェット」(旧MRJ)の開発拠点でもありました。開発を担っていた三菱航空機は豊山町に本社を置いていましたが、2023年に開発中止が正式に発表され、後継会社も2024年3月末で解散しています。「国産機開発拠点」としての実績は、現在では過去の歴史として語られるものになりました。
この経緯を知ると、この業界で働くことに不安を感じる人もいるかもしれません。しかし豊山町の航空機産業は、旅客機開発という一つの事業だけで成り立っていたわけではなく、防衛航空機の製造という土台がもともと存在していました。三菱スペースジェットの中止は大きな出来事でしたが、それがそのまま産業全体の縮小を意味するわけではないという点は理解しておきたいところです。
防衛・宇宙関連需要へのシフトで動き出す採用の現場
現在の航空機産業では、防衛費増額の方針や、次期戦闘機の国際共同開発(GCAP)といった防衛関連の動きが目立っています。さらに宇宙分野への広がりも、業界内の大きな論点になっています。愛知・中部地域の航空宇宙産業クラスターも、こうした需要のシフトを受けながら次の展開を模索している段階です。
個別の企業がどの程度の受注を得ているか、採用条件がどう変わっているかといった具体的な数値までは、現時点で明確に裏付けられるものではありません。ただし、業界全体として旅客機一本足から防衛・宇宙分野へと軸を広げる動きが進んでいることは、これから航空機産業で働くことを考える人にとって知っておく価値のある視点です。
豊山町で働く・暮らすということ
空港のある町ならではの環境
県営名古屋空港には、フジドリームエアラインズ(FDA)が拠点を置き、国内複数都市への定期便を運航しています。日常的に飛行機の発着を目にできる環境は、航空機産業に興味を持つ人にとって特別な魅力です。
コンパクトな町だからこその暮らしやすさ
豊山町はコンパクトな町で、生活圏がまとまりやすく、暮らしの拠点として見通しやすいのが特徴です。名古屋市に隣接しているため、中心部からの移動範囲内にある町でもあります。実際の通勤方法や所要時間は勤務先によって異なるので、応募時に確認しておくと安心です。
近隣エリアへ広がる選択肢
豊山町だけでなく、同じ航空宇宙産業クラスターの一角を担う近隣エリアにも仕事の選択肢は広がっています。隣接する小牧市も自動車と航空宇宙の両分野で製造業が根付いており、キャリアの幅を広げる選択肢のひとつです。
特色ある産業に携われる誇り
航空機部品づくりは、日々の暮らしとは少し違う「日本の空を支える」という実感を持ちやすい仕事です。地元の小さな町から国内有数の航空宇宙産業に携われることは、働くうえでの大きなやりがいにつながります。
小牧市の製造業について詳しく知りたい人は、小牧市の製造業で働く|自動車×航空宇宙の2本柱で広がるキャリアも参考にしてみてください。
空港の近くで働く・暮らす――騒音は本当に気になるのか
空港のそばで働く・暮らすことを考えたとき、多くの人が気にするのが騒音です。県営名古屋空港は、コミューター機やビジネスジェットなど小型機に特化した国内唯一の都市型総合空港として運用されています。豊山町や愛知県が公表する情報の中では、騒音が深刻な問題として大きく扱われているという事実は確認されていません。もちろん個人の感じ方には差があるため、実際に働く前には現地を訪れて自分の目と耳で確認しておくと安心です。
未経験からでも目指せる?資格・キャリアパスの実際
未経験・体力に自信がない人でも活躍できるのか
航空機部品づくりというと、専門知識や体力が必須の世界に思えるかもしれません。しかし実際の現場には、機械加工や組立のように体力を要する工程だけでなく、品質管理・検査のように緻密さや集中力が求められる工程もあります。入社後の研修やOJTを通じて、未経験から一つひとつの工程を覚えていく形で働き始める人も少なくありません。自分の得意なことを活かせる工程がどこにあるか、応募時に確認してみるとよいでしょう。
資格がなくても目指せる、現場で身につくキャリアパス
かつて航空機部品の検査には「航空工場検査員」という国家資格が関わる場面もありましたが、この試験は2019年に廃止されています。現在は資格の有無よりも、現場でのOJTや経験の積み重ねが重視される傾向にあります。未経験からスタートしても、加工・組立・検査といった工程を段階的に経験できます。その過程で、航空機づくりに欠かせない精度や品質基準への理解を身につけていくキャリアパスが、現実的な選択肢になっています。
気になる給与の実態は?
「航空機部品づくり」は専門性の高い仕事に見える一方で、豊山町の企業ごとの給与水準を裏付ける公的な統計は多くありません。一般的に、航空機産業は品質基準の高さから教育・研修体制への投資が大きい業界とされていますが、実際の給与は企業規模・職種・経験年数によって差があります。求人票に記載された給与レンジや昇給・手当の内容を確認し、複数の企業を比較したうえで判断するのが現実的な進め方です。
豊山町の航空機部品・製造業を知る
ここでは、豊山町に本社を置く企業の中から、航空関連企業と地域に根付いた製造業の企業を紹介します。豊山町の航空機産業を代表する三菱重工業 小牧南工場は、本社が東京都にあるため対象から外しています。
なお、これらの企業の中に、航空機部品を専業でつくる中小メーカーは多くありません。航空機部品の製造そのものに携わりたい場合、実際の受け皿となるのは小牧南工場や、その協力企業・関連企業であることが多いのが実情です。そのため以下では、空港運航・航空機整備を担う空港関連企業を紹介します。加えて、豊山町という町の産業の厚みを知ってもらう意味で、ゴム・金属加工・食品といった地場の製造業もあわせて取り上げます。「航空機部品を専業でつくる企業」を中心に探したい人は、この一覧に加えて、愛知県の航空宇宙メーカー一覧|三菱重工だけじゃない主要10社【現場系は未経験可】も確認してみてください。
中日本航空株式会社|愛知県豊山町の空港関連企業
中日本航空株式会社は、1953年(昭和28年)に設立された、飛行機とヘリコプターの両方を運航する総合航空会社です。本社は豊山町大字豊場にあり、名古屋鉄道グループの一員として、1984年には日本の民間事業者として初めてドクターヘリの運航を開始したパイオニア企業でもあります。
現在は旅客輸送・物資輸送・ドクターヘリ運航・航空撮影といった航空事業に加え、航空写真測量や地理情報システム(GIS)整備を担う調査測量事業も展開しています。パイロットや航空機整備士だけでなく、測量・GIS分野の技術者としてのキャリアも用意されており、空港のそばで「飛ばす・調べる」の両方に関わりたい人に向いている企業です。
本社所在地: 愛知県西春日井郡豊山町大字豊場字殿釜2番地
主な事業: 航空運送事業(旅客・物資輸送、ドクターヘリ)・航空写真測量事業
公式URL: https://www.nnk.co.jp/
ダイヤモンドエアサービス株式会社|愛知県豊山町の空港関連企業
ダイヤモンドエアサービス株式会社は、1989年に三菱重工業が100%出資して設立した企業です。本社は豊山町大字豊場の三菱重工業 名古屋航空宇宙システム製作所 小牧南工場の敷地内にあります。微小重力実験飛行や地球観測・災害調査など、特殊な用途の航空機運航を専門に手がける、国内でも数少ない企業です。
事業は大きく二つに分かれ、実験・観測用途の飛行を担う「航空機運航事業」と、航空機の修理・組立作業を担う「航空機製造事業」を展開しています。三菱重工グループの一員として、小牧南工場という航空機産業の中核拠点と一体になって働ける点が特徴です。
本社所在地: 愛知県西春日井郡豊山町大字豊場1(三菱重工業 名古屋航空宇宙システム製作所 小牧南工場内)
主な事業: 航空機運航事業(微小重力実験・観測飛行)・航空機製造事業(修理・組立)
公式URL: https://www.mhi.com/jp/group/das/company
石黒ゴム工業株式会社|愛知県豊山町の製造業(ゴム製品)
石黒ゴム工業株式会社は、1948年創業のゴム・樹脂製品メーカーです。本社は豊山町大字豊場にあり、石黒ゴムグループの中核企業として、70年以上にわたり自動車用ゴム製品を中心とした製造を続けています。
主力は自動車部品向けのゴム製品ですが、クッション材や建築用ゴムスポンジ、スポーツ用品向けのゴム製品なども手がけており、製品の幅は広いです。金属やプラスチックとは異なる「ゴムの成形加工」という専門性を活かしたものづくりに携われる企業です。
本社所在地: 愛知県西春日井郡豊山町大字豊場字八反40
主な事業: 自動車用ゴム製品・クッション材・建築用ゴムスポンジ等の製造
公式URL: http://www.ishiguro-g.co.jp/
株式会社加納製作所|愛知県豊山町の製造業(金属加工)
株式会社加納製作所は、1971年に設立された金属加工メーカーです。本社は豊山町豊場志水にあり、横形・立形・門形マシニングセンタやCNC旋盤を主要設備として、各種産業用機械部品の切削加工を手がけています。
製作実績には、アルミ製のフレームやプーリー、真鍮製のピストン、鉄製のブラケットなど幅広い金属材料の部品加工が含まれます。加工だけでなくサブアッセンブリ(部品の組み立て)まで対応しているのが特徴です。図面通りの精度を求められる仕事のため、細かな作業が得意な人に向いています。航空機部品への具体的な納入実績は公表資料からは確認できませんが、精密な金属加工技術を50年以上磨き続けてきた、豊山町の製造業を支える企業のひとつです。
本社所在地: 愛知県西春日井郡豊山町豊場志水23-1
主な事業: 産業用機械部品の切削加工・サブアッセンブリ
公式URL: http://www.kano-ss.co.jp/
株式会社秋田製麺所|愛知県豊山町の製造業(食品)
株式会社秋田製麺所は、1948年(昭和23年)創業の老舗の製麺メーカーです。本社は豊山町大字豊場にあり、看板商品「奴のきしめん」をはじめ、ゆで麺・生麺・乾麺・手延べ麺など幅広い麺類を製造しています。創業から70年余り、地域に愛される味を守り続けている企業です。
きしめんやうどん、味噌煮込みうどん、そばなどの製造販売に加え、学校給食用の麺類供給も手がけています。地域の食卓と学校生活の両方を支える存在です。航空機産業とは異なる分野ですが、豊山町に根付いた地場のものづくりの一例として知っておきたい企業です。
本社所在地: 愛知県西春日井郡豊山町大字豊場字下戸41
主な事業: ゆで麺・生麺・乾麺・手延べ麺の製造販売
公式URL: https://www.akitamen.com/
空港のそばで、日本の空を支える仕事がある
豊山町は、県営名古屋空港と三菱重工業 小牧南工場が並び立つ、日本でも数少ない航空機産業の集積地です。愛知・中部地域全体が国内最大の航空宇宙産業クラスターと呼ばれる中で、豊山町はその中核を担う存在といえます。
三菱スペースジェットの開発中止という出来事はありましたが、防衛・宇宙関連の需要へシフトする動きも進んでおり、業界は今まさに転換期にあります。資格がなくても現場のOJTで経験を積みながらキャリアを築ける道は開かれており、体力面や適性に応じて選べる職種の幅も広がっています。一方で給与や通勤方法といった待遇面は企業ごとに差があるため、気になった企業の求人票を実際に開いて確認しましょう。それが、豊山町での転職・就職を成功させる次の一歩になります。
「製造業=地味・きつい」という固定観念だけでは捉えきれない仕事が、豊山町にはあります。空港のそばで、自分の手で日本の空を支える仕事に関心を持った人は、まず本記事で紹介した職種や企業の情報から調べてみてください。