2026年10月1日、愛知県の地域別最低賃金が現行の1,140円から1,195円へと55円引き上げられます。愛知労働局の発表によると、この上げ幅は過去の改定と比べても大きく、パート・アルバイトを多く雇用する小売・飲食・介護などの業種を中心に、多くの中小企業が人件費の見直しを迫られる見込みです。
経営者や採用担当者にとって悩ましいのは、単に時給を上げれば済む話ではない点です。月給制の社員が対象になるかどうかの判断、就業規則や雇用契約書の記載内容の確認、賃金台帳の見直し、そして資金負担を軽減するための助成金の活用など、対応すべき実務は多岐にわたります。日本商工会議所の調査では、最低賃金の引き上げによって収益が圧迫されると回答した企業が一定割合にのぼると報じられており、資金繰りへの不安を抱える経営者も少なくありません。
この記事では、改定内容の正確な把握から、対象となる従業員の見分け方、就業規則・雇用契約書の確認、賃金台帳の見直し、活用できる助成金、求人票の修正まで、実務で手をつける順番に沿って解説します。順を追って確認すれば、発効日までにやるべきことが見えてきます。
愛知県の最低賃金改定内容(2026年10月・+55円)
愛知労働局および厚生労働省の発表によると、愛知県の地域別最低賃金は2026年10月1日から時間額1,195円となります。現行の1,140円からの引き上げ額は55円で、対象は愛知県内で働くすべての労働者です。パート・アルバイト・契約社員・正社員といった雇用形態を問わず、時間当たりの賃金が新しい最低賃金を下回らないようにする必要があります。愛知県は最低賃金だけでなく初任給の水準も全国上位クラスにあり、賃金全体の底上げが続いている地域であることも押さえておきたいポイントです。
発効日と適用開始のタイミング(労働日基準の注意点)
最低賃金の改定は「発効日以降の労働日」から適用されるのが原則です。つまり、給与の締め日や支払日ではなく、実際に労働した日が2026年10月1日以降であれば、新しい最低賃金額での計算が必要になります。月の途中で締め日を迎える企業の場合、同じ給与計算期間内に旧額と新額が混在することがあるため、給与計算担当者は労働日ベースでの切り替えタイミングを事前に把握しておきたいところです。
東海3県との比較(愛知1,195円・岐阜1,121円・三重1,143円)
2026年10月の改定後、東海3県の地域別最低賃金は下表のとおりです。愛知県は東海地方の中でも高い水準にあり、県境をまたいで人材を採用している企業や、複数県に事業所を持つ企業は、県ごとの適用額を混同しないよう気をつけたいところです。
| 都道府県 |
改定前 |
改定後 |
引上げ額 |
| 愛知県 |
1,140円 |
1,195円 |
+55円 |
| 岐阜県 |
1,065円 |
1,121円 |
+56円 |
| 三重県 |
1,087円 |
1,143円 |
+56円 |
特定最低賃金との関係(2026年10月以降は地域別が基準になるケース)
愛知県には輸送用機械器具製造業など一部業種を対象とした特定最低賃金が定められています。特定最低賃金と地域別最低賃金の両方が適用される場合、通常は金額が高い方が優先されます。2026年10月の改定で地域別最低賃金が1,195円になると、業種によっては特定最低賃金より高くなり、こちらが基準になるケースが増えると考えられます。自社の業種に特定最低賃金が設定されているか、また両者のどちらが高いかは、愛知労働局の発表内容で個別に確認しておきましょう。
影響を受ける従業員の見分け方
最低賃金の引き上げというと「時給で働くパート・アルバイトの話」と捉えられがちですが、実際には月給制の正社員も対象になり得ます。まずは自社のどの従業員が影響を受けるのかを洗い出すことが最初のステップです。
時給制・日給制のパート・アルバイト
時給制のパート・アルバイトは、現在の時給が1,195円を下回っていればそのまま対象になります。日給制の場合も、所定労働時間で日給を割った金額が最低賃金額を下回っていないか確認しましょう。
月給制の従業員も対象になるケース(時間換算の考え方)
月給制の社員であっても、月給を月平均所定労働時間で割った時間当たりの賃金が最低賃金を下回っていれば対象になります。基本給が低く、各種手当で総支給額を補っているケースでは、最低賃金の判定に算入できない手当を除いて計算すると、実は基準を下回っていたという例も起こり得ます。次章で詳しく解説する賃金台帳の見直しとあわせて確認しておきましょう。
影響を受けやすい業種(小売・飲食・介護など)
時給水準が最低賃金に近い業種ほど影響を受けやすく、パート・アルバイト比率が高い小売業・飲食業・介護サービス業は特に注意が必要です。報道では、今回の改定で愛知県内の相当数の労働者が影響を受けるとされていますが、正確な人数は公表資料で確認しましょう。
時給・日給制のパート/アルバイト
現在の時給・日給換算額が1,195円を下回っていないか、最優先で確認する対象。
月給制の正社員・契約社員
月給を所定労働時間で割った時間額が基準を下回る場合は同様に対象となる。
小売・飲食業のスタッフ
時給水準が最低賃金に近いことが多く、改定の影響を受けやすい業種のひとつ。
介護・福祉サービスの従業員
人手不足が続く業種でもあり、賃金水準と採用力の両面で見直しが必要になりやすい。
就業規則・雇用契約の確認手順
対象となる従業員を洗い出したら、次は書類面の確認です。就業規則や雇用契約書に記載された賃金額が改定後の最低賃金を下回っていないか、実際の書類を1件ずつチェックする作業になります。
就業規則の賃金規定を確認する
就業規則に時給・日給の下限額を明記している場合、その金額が1,195円を下回っていれば改定が必要です。規定の変更にあたっては、労働者代表の意見聴取など就業規則変更の手続きを踏むことも忘れないようにしましょう。
雇用契約書・労働条件通知書の時給欄を確認する
パート・アルバイトの雇用契約書や労働条件通知書には、個別の時給額が明記されているのが一般的です。従業員数が多い企業ほど契約書の確認・更新に時間がかかるので、早めに着手しておくと後の負担が軽くなります。
「106万円の壁」見直しとあわせて確認したいポイント
2026年10月は、いわゆる「106万円の壁」とされてきた社会保険の年収要件が実質的に見直される時期とも重なります。最低賃金の引き上げによって同じ労働時間でも年収が上がりやすくなるため、扶養の範囲内で働きたいパート従業員から労働時間の調整について相談を受けるケースが増えそうです。賃金改定の説明とあわせて社会保険の適用要件についても周知しておくと、従業員側の混乱を防ぎやすくなります。
就業規則
賃金規定の下限額が1,195円を下回っていないか確認し、必要なら変更手続きを行う。
雇用契約書
時給・日給の記載額を個別に洗い出し、対象者には契約内容の変更を案内する。
労働条件通知書
採用時に交付した通知書の賃金欄も契約書とあわせて確認する。
賃金台帳
実際の支給額が改定後の基準を満たしているか、次章の観点で見直す。
賃金台帳の見直し
就業規則・契約書の確認と並行して行いたいのが、実際の支給実績を記録した賃金台帳の見直しです。最低賃金の判定には算入できる賃金と除外すべき賃金があるため、総支給額だけを見て判断すると誤りやすい点に気をつけましょう。
最低賃金の判定に算入・除外する手当の切り分け(通勤手当・家族手当など)
最低賃金の判定対象となるのは、毎月決まって支払われる基本的な賃金です。一方で、通勤手当・家族手当・精皆勤手当・時間外労働の割増賃金などは原則として判定の計算から除外されます。総支給額が高く見えても、これらの手当を除いた基本部分が基準を下回っていれば違反となるため、手当の切り分けを正確に行う必要があります。
月給制の時間換算チェックのやり方
月給制の従業員については、月給(判定対象となる賃金のみ)を1年間の月平均所定労働時間で割ることで、時間当たりの賃金を算出します。この金額が1,195円を下回っていないかを確認します。所定労働時間が従業員ごとに異なる場合は、個別に計算する必要があります。
見直しのタイミングと記録の残し方
賃金台帳の見直しは、発効日である2026年10月1日以降の給与計算に間に合うよう、遅くとも9月中には着手しておきたいところです。見直しの経緯や算定根拠を記録に残しておくと、後日の労務トラブルや調査対応の際にも説明がしやすくなります。
算入する賃金(例)
基本給、毎月決まって支払われる職務手当・役職手当など。
除外する賃金(例)
通勤手当、家族手当、精皆勤手当、時間外・休日・深夜の割増賃金、賞与など。
愛知県の中小企業が使える助成金
人件費の増加が想定以上になる場合は、厚生労働省の業務改善助成金で負担を軽減できます。事業場内の最低賃金を一定額以上引き上げ、生産性向上のための設備投資などを行った中小企業・小規模事業者に対して、その費用の一部を助成する制度です。自社が対象となる中小企業の定義(資本金・従業員数の業種別基準)に当てはまるかどうかは、申請前に必ず確認しておきましょう。
業務改善助成金の概要(最大600万円)
厚生労働省によると、業務改善助成金は賃金引き上げ額のコースに応じて助成上限額が設定されており、複数の事業場で同時に賃上げを行う場合などは最大600万円まで助成される枠が用意されています。生産性向上に資する機械設備の導入費用、コンサルティング費用などが対象経費となります。
賃上げ額別コースの比較(50円・70円・90円コースなど)
厚生労働省によると、令和8年度は事業場内最低賃金の引き上げ額に応じて50円・70円・90円の3コースに再編されています(コース区分は年度によって変わることがあり、以前は30円・45円・60円・90円の4コースでした)。引き上げ額が大きいコースほど助成上限額も高くなる傾向にあり、対象労働者数によって上限額の区分も変わります。具体的な区分・上限額は年度ごとに更新されるため、申請前に厚生労働省の最新の案内で確認してください。
| 引上げ額区分(目安) |
助成上限額(目安) |
対象事業場規模の目安 |
| 50円コース |
数十万円程度 |
労働者数の少ない事業場向け |
| 70円コース |
中程度の上限額 |
中規模の事業場向け |
| 90円コース |
高めの上限額(最大600万円のケースも) |
複数事業場・労働者数の多い事業場向け |
交付申請・賃上げ実施の期限に注意(原則2026年9月30日)
業務改善助成金には、交付申請および賃上げの実施について期限が設けられています。愛知県を含む東海3県は最低賃金の発効日が2026年10月1日で、当該年度の助成金は原則として発効日前日にあたる2026年9月30日までに交付申請や賃上げの実施を終える必要があるとされています。この期限や具体的な申請手続きは年度・都道府県ごとに詳細が定められているため、申請を検討する場合は必ず愛知労働局や都道府県労働局のサイトで最新の公募要領を確認してください。
求人票の時給表記を直す
賃金改定への対応は社内の従業員だけの話ではありません。求人募集を行っている企業は、求人票に記載している時給が新しい最低賃金を下回っていないか、早めに点検する必要があります。
現行の時給が1,195円を下回っていないか確認する
現在掲載中の求人票、社内に保管している求人原稿のテンプレートなど、時給を記載しているすべての媒体を洗い出し、金額を確認します。複数の求人媒体に同時掲載している場合は更新漏れが起きやすいので、担当者を決めて一つずつ潰していくとよいでしょう。
求人媒体・ハローワーク求人票の更新手順
ハローワーク求人票は、賃金額の変更があった場合に内容変更の届出が必要です。民間の求人サイトについても、それぞれの管理画面から時給表記を更新する作業が発生します。発効日である2026年10月1日に間に合うよう、余裕を持ったスケジュールで進めましょう。
表記ミスが招くリスク(法令違反・応募者離れ)
改定後も旧時給のまま求人票を掲載し続けると、最低賃金法違反となるおそれがあるほか、支給額と記載のズレが応募者とのトラブルにつながります。求人票の時給は企業の信頼性にも直結するため、更新のタイミングを逃さないようにしましょう。
自社サイト・採用ページ
求人ページに記載した時給額が改定後の基準を満たしているか確認する。
ハローワーク求人票
賃金変更があれば内容変更の届出を行い、最新の内容に更新する。
民間求人媒体
掲載中の求人ごとに管理画面から時給表記を見直し、掲載終了分も含めて確認する。
社内の求人テンプレート
今後の募集で使い回すひな形も、金額を更新しておくと修正漏れを防げる。
対象者の把握→書類確認→助成金活用の順で備える
2026年10月1日、愛知県の最低賃金は1,195円に改定されます。対応の第一歩は、時給制のパート・アルバイトだけでなく月給制の社員も含めて、影響を受ける従業員を正確に洗い出すことです。その上で就業規則・雇用契約書・労働条件通知書の記載内容を確認し、賃金台帳では算入・除外する手当を切り分けながら時間換算のチェックを行いましょう。
人件費負担が大きい場合は、業務改善助成金など公的な支援制度の活用も検討に値します。ただし助成金には申請期限があるため、早めの情報収集が欠かせません。最後に、求人票の時給表記が新しい最低賃金を下回っていないかを確認し、発効日までに社内外の書類を一通り整えておきましょう。