「人を雇いたいが、採用コストも教育コストも負担が大きい」「非正規社員を正社員にしたいが、使える制度があるのか分からない」。愛知県内の中小企業の経営者や採用担当者から、2026年度に使える採用の助成金について、こうした声をよく耳にします。実は国や愛知県、市町村には、採用や人材育成にかかる費用の一部を助成・補助する制度が複数用意されています。ただ、制度の数が多く、どれが自社の状況に合うのか見極めるだけでも一苦労です。
さらに厄介なのは、これらの制度が毎年のように見直されることです。昨年までの資料を参考に準備を進めていたら、今年度は要件や手続きが変わっていた、ということも起こり得ます。情報をこまめに更新し続けるのは、日々の業務に追われる中小企業にとって簡単なことではありません。
加えて、「悪気はなかったのに、結果的に不正受給と判断されてしまうのではないか」という不安を抱く担当者も少なくありません。本記事では、愛知県内の中小企業が活用できる主な採用・雇用関連の助成金・補助金を整理し、制度の全体像と申請時の注意点を解説します。なお、助成金は制度改正が頻繁に行われるため、本記事の内容は目安としてとらえ、申請前には必ず厚生労働省や各自治体の公式サイトで最新情報を確認してください。
採用・雇用で使える助成金一覧
採用や雇用に関する公的な支援制度は、大きく「助成金」と「補助金」の2種類に分けられます。名称は似ていますが、仕組みには違いがあります。
助成金
主に厚生労働省が管轄し、雇用保険料を財源としています。定められた要件を満たして取組を実施すれば、原則として受給できる「要件達成型」の制度です。キャリアアップ助成金や人材開発支援助成金などが該当します。
補助金
経済産業省や都道府県・市町村が管轄することが多く、予算に上限があるため審査を通過する必要がある「審査型」の制度です。愛知県や豊田市の独自制度の多くはこちらに分類されます。
本記事では、採用力の強化や非正規雇用労働者の正社員化、人材育成に活用できる代表的な制度として、以下の4つを紹介します。
キャリアアップ助成金
有期雇用労働者やパートタイム労働者などの非正規雇用労働者を正社員化したり、処遇を改善したりする取組を支援する厚生労働省の助成金です。
業務改善助成金
事業場内の最低賃金を引き上げつつ、生産性向上につながる設備投資を行う中小企業・小規模事業者を支援する助成金です。
人材開発支援助成金
従業員に職業訓練を実施する事業主に対し、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度です。
愛知県・市町村の独自制度
愛知県や豊田市など、自治体が独自に設けている採用活動費の補助制度です。国の助成金と組み合わせて活用できる場合があります。
どの制度から検討すればよいか迷う場合は、「今、自社が何をしたいか」で考えると絞り込みやすくなります。非正規社員を正社員にしたいなら「キャリアアップ助成金」、最低賃金の引き上げに合わせて設備投資をしたいなら「業務改善助成金」が候補です。従業員の研修・スキルアップに力を入れたいなら「人材開発支援助成金」、採用活動そのものの費用を抑えたいなら愛知県や市町村の独自制度が候補になります。それぞれの制度について、次の章から詳しく見ていきます。
キャリアアップ助成金
キャリアアップ助成金は、有期雇用労働者・短時間労働者・派遣労働者といった非正規雇用労働者の企業内でのキャリアアップを促進する制度です。正社員化や処遇改善の取組を行った事業主を助成します。中心となるのが「正社員化コース」で、有期雇用やパートタイムで働く従業員を正社員(無期雇用のフルタイム従業員)として登用した場合に助成を受けられます。中小企業の場合、対象者1人あたり数十万円規模の助成額が設定されています。具体的な金額は年度により変わるため、申請前に厚生労働省の公式ページで最新の助成額を確認することをおすすめします。
正社員化コース以外にも、複数のコースが用意されています。
賃金規定等改定コース
有期雇用労働者等の賃金規定・諸手当の制度を改定し、賃金を一定以上増額させた場合に助成されます。
賃金規定等共通化コース
有期雇用労働者等に、正社員と共通の賃金規定等を適用した場合に助成されます。
賞与・退職金制度導入コース
有期雇用労働者等に賞与または退職金制度を導入し、実際に支給・積立を行った場合に助成されます。
短時間労働者労働時間延長支援コース
短時間労働者の週あたりの労働時間を延長し、社会保険を適用した場合などに助成されます。
このほか、障害のある非正規雇用労働者を正社員化する「障害者正社員化コース」や、社会保険の適用に合わせて労働者の処遇を改善する「社会保険適用時処遇改善コース」もあります。
手続きの面では、2025年度から事前の「キャリアアップ計画」について認定が不要となり、届け出のみで済むようになりました。とはいえ、取組を始める前に計画を提出しておく必要がある点は変わらないため、順序を間違えないよう注意が必要です。
また、令和8年度(2026年度)からは、情報公表に取り組む事業主を対象とした「情報公表加算」が新設されるという動きもあります。加算の具体的な金額や要件については、申請時点で厚生労働省の公式ページを確認するようにしてください。
業務改善助成金
正社員化や処遇改善への対応と並んで、多くの中小企業が頭を悩ませているのが最低賃金の引き上げです。業務改善助成金は、生産性向上に資する機械設備やコンサルティング導入などへの投資を行う中小企業・小規模事業者を支援する制度です。あわせて、事業場内の最低賃金を一定額以上引き上げることが条件になります。最低賃金の引き上げは企業にとって負担となる一方、避けて通れない対応でもあります。愛知県の最低賃金1,195円への対応で触れたように、賃上げへの対応と合わせてこの助成金の活用を検討する企業は増えています。
令和8年度(2026年度)の申請スケジュールは、受付開始が令和8年9月1日です。受付終了は、申請を行う事業場がある都道府県の地域別最低賃金の発効日の前日、または同年11月30日のいずれか早い日とされています。最低賃金の発効時期によって締切が前後するため、早めに準備を進めておくことが望ましいでしょう。
助成率は、引き上げ前の事業場内最低賃金の水準によって変わる仕組みになっています。令和8年度(2026年度)は、賃上げ額のコース区分が「50円コース」「70円コース」「90円コース」の3区分に再編されています。助成上限額は、事業場の規模や賃上げの対象人数によって細かく変動する仕組みになっているため、具体的な金額は次の表のような目安として捉えてください。
| コース(賃上げ額の目安) |
助成上限額(目安) |
助成率(目安) |
| 50円コース |
対象人数・事業場規模により変動(目安:数十万円〜) |
事業場内最低賃金の水準により異なる |
| 70円コース |
対象人数・事業場規模により変動(目安:数十万円〜) |
事業場内最低賃金の水準により異なる |
| 90円コース |
対象人数・事業場規模により変動(最大600万円程度) |
事業場内最低賃金の水準により異なる |
※上記のコース名・金額はあくまで目安です。コース区分や助成上限額は年度ごとに見直されており、令和8年度は前年度までの「30円・45円・60円・90円」の4コースから上記の3コースへ再編されています。申請の際は必ず厚生労働省の公式ページで最新の交付要綱を確認してください。
人材開発支援助成金
賃上げや設備投資への対応と並行して、従業員のスキルアップにも力を入れたいと考える企業は少なくありません。人材開発支援助成金は、従業員の職業能力開発を計画的に行う事業主を支援する助成金です。主な制度として、人材育成支援コース・教育訓練休暇等付与コース・人への投資促進コース・事業展開等リスキリング支援コースの4つがあります。このほか、建設業や障害者雇用に特化したコースなども用意されています。
中心となる人材育成支援コースでは、次のような訓練が対象になります。職務に関連した知識・技能を習得させるための訓練、厚生労働大臣の認定を受けたOJT付きの訓練、そして非正規雇用労働者の正社員化を目指す訓練です。
助成の内容は、大きく2つの要素で構成されています。
訓練経費の助成
研修の受講料や教材費など、訓練の実施にかかった経費の一部が助成されます。
訓練期間中の賃金の助成
従業員が業務を離れて訓練を受けている間の賃金についても、一部が助成の対象になります。
助成率や助成額は訓練の種類や企業規模によって異なるため、具体的な数字は厚生労働省の公式ページで確認する必要があります。
愛知県・市町村の独自制度
ここまで紹介した3つは、いずれも国の助成金です。これとは別に、採用活動そのものにかかる費用を支援する制度として、愛知県や県内の市町村にも独自の採用支援制度があります。
愛知県「中小企業人材確保採用力強化支援事業補助金」
県の「採用戦略支援塾」等の支援を受けた県内中小企業等を対象に、県外での就職・転職フェアへの出展や就職情報サイトへの掲載などにかかる費用を補助します。ダイレクトリクルーティングの利用も対象経費に含まれます。補助率は1/3、補助上限は20万円です。申請期限は年度によって変わるため、公式サイトで最新の情報を確認してください。
豊田市「人材活躍支援補助金」
市内に主たる事業所を置く中小企業・企業団体や、市内の個人事業主が対象です。就職説明会・合同面接会の会場費、見学会や研修の講師謝礼・教材費、採用ツールの制作費などが対象経費になります。補助率は原則1/2・上限20万円ですが、建設業や運輸業など特定の業種や表彰を受けた企業は2/3・上限40万円に拡充されます。
その他の市町村
他の市町村にも独自の採用支援制度が設けられている可能性があります。制度の有無や内容は市町村ごとに異なるため、事業所がある自治体の商工担当窓口や公式サイトで確認してみましょう。
名古屋市には、採用活動費そのものへの補助とは別に、「なごや人材サポートデスク」という無料の相談窓口が設けられています。どの制度を使えばよいか分からない場合、まずこうした窓口に相談してみるのも一つの方法です。
申請の流れと注意点
これらの制度は、興味を持っただけでは活用できません。実際に受給するには、それぞれ決まった手順を踏む必要があります。多くの助成金・補助金は、次の3つのステップで進みます。
1. 計画の事前提出
取組を始める前に、労働局やハローワークに計画書を届け出ます。取組を始めてしまった後では、原則として助成の対象になりません。
2. 取組の実施
正社員への転換、賃上げ、訓練の実施など、計画に基づいた取組を実際に行います。
3. 支給申請
取組が完了した後、定められた期間内に労働局やハローワークへ支給申請を行います。期限を過ぎると受給できなくなるため注意が必要です。
実際の申請では、いくつかの理由で不支給となるケースが見られます。
雇用保険の適用事業所でない
そもそも雇用保険の適用を受けていない事業所は対象外となります。
対象者の雇入れ・転換前後に事業主都合の解雇がある
対象者の雇入れや転換の前後一定期間内に、事業主都合による解雇等を行っている場合は対象外になることがあります。
就業規則の規定が未届
賃金規定や退職金規定などを変更した際、就業規則の届け出ができていないケースがあります。
支給申請期限を過ぎている
取組完了後の申請期限は厳格に定められているため、スケジュール管理が欠かせません。
もう一つ気をつけたいのが、不正受給のリスクです。実態と異なる書類を提出したり、要件を満たさないまま申請したりすると、不正受給とみなされる可能性があります。発覚した場合は、受給した額の返還に加えて同額の納付を求められたり、一定期間の助成金の支給が停止されたりするとされています。場合によっては事業主名が公表されることもあり、悪質なケースでは刑事罰の対象になるとも言われています。
実際に、愛知労働局は公式サイトで「不正受給を行った事業主等一覧」および「不正受給に関与した社会保険労務士及び代理人一覧」を公開しています。悪気がなくても、書類の記載ミスや要件の見落としが思わぬ結果につながることもあるため、申請前の確認は一つひとつ丁寧に行うことが大切です。不安な点があれば、あいち雇用助成室(愛知労働局)などの窓口に相談することをおすすめします。
よくある質問
Q1
国の助成金と愛知県・市町村の補助金は併用できますか?
A
制度によって併用の可否は異なります。同じ目的・同じ経費に対して複数の制度から重複して助成・補助を受けることは認められない場合が多いため、申請前に各制度の要綱で併用の可否を確認する必要があります。
Q2
キャリアアップ助成金の正社員化コースはどのくらいの雇用期間が必要ですか?
A
正社員化コースでは、対象者を一定期間以上雇用し、その後正社員として登用することが求められます。必要な雇用期間や登用後の勤務期間は年度によって細かく定められているため、申請時点の最新要件を厚生労働省の公式ページで確認してください。
Q3
業務改善助成金の申請には社会保険労務士への依頼が必須ですか?
A
必須ではありません。事業主自身で申請することも可能です。ただし、必要書類が多く手続きも複雑なため、社会保険労務士に相談しながら進める企業も少なくありません。
Q4
人材開発支援助成金はオンライン研修も対象になりますか?
A
訓練の形式によって対象となる場合があります。対象となる条件は訓練の種類やコースによって異なるため、実施を検討している研修が対象に当たるかどうかは事前に確認しておくと安心です。
Q5
愛知県・豊田市以外の市町村にも独自の採用支援制度はありますか?
A
市町村によっては独自の制度を設けている場合があります。制度の有無や内容は自治体ごとに異なるため、事業所がある市町村の商工担当窓口や公式サイトで確認してください。
Q6
不正受給と判断されやすいのはどのようなケースですか?
A
実際の雇用状況と提出書類の内容が一致していない場合や、対象者の雇入れ前後に事業主都合の解雇を行っていた場合などが挙げられます。故意でなくても、書類の不備や確認不足が原因で不正受給と判断されることがあるため、申請内容は慎重に確認する必要があります。
制度を知ることが活用の第一歩
2026年度に愛知県内の中小企業が採用や人材育成にかかる費用を支援する制度として使える助成金には、国のキャリアアップ助成金・業務改善助成金・人材開発支援助成金があります。これに加え、愛知県や豊田市などの独自制度まで幅広く用意されています。すべての制度を完璧に把握する必要はありませんが、自社の状況に合わせてどの制度が使えそうか、まず知ることが活用の第一歩になります。
多くの制度は、取組を始める前に計画を提出しておく必要があるという共通点があります。まずは「正社員化」「賃上げ対応」「人材育成」「採用広報」のうち、自社が今取り組みたいことを一つ思い浮かべてみてください。それに対応する制度が見えてきたら、できるだけ早く労働局やハローワーク、自治体の窓口に相談してみましょう。早めに準備を進めておくことが、結果的に自社の採用活動を後押しすることにつながるはずです。